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病院生活⑤人・生きる意欲   09 01 07(水)

入院   入院   入院

人・生きる意欲

朝焼けの美しい日の夕方に退院しましたが、この5日間に沢山の人々に出会いま

した。

私の病室は4人部屋で、ナーススティションから真っ直ぐ目の届く、新しい入院患者

の運び込まれる部屋でした。 ですから、治療の必要がなくなったり、病状が安定す

ると別の病室に移動されるので、5日間の間にしばしばベッドの顔ぶれは変わりま

した。 

内科でしたので患者さんは60~90代の女性ばかり。会話ができ、食事は自分でで

きる人ばかりでしたが、全員おむつと排尿の管を付けていました。

食後、運ばれた食事をどのくらい摂れたかのチェックはあり、看護師さんはもっと食

べるよう優しく促しますが、食事介助はありません。


こんな中で、私にある疑問が沸いてきました。 

人がもう一度元気になりたいという気持ちはどこから出てくるのだろう?という疑問で

す。 

80代のAさんは聡明でユーモァに富んだ、話好きなチャーミングな人。 家族に恵ま

れ、毎日同居の家族や近くに住む孫、曾孫や姉妹が見舞いに来て、優しい言葉をか

ける、私から見ると一番望ましい老後の姿です。 ところが、Nさんには食欲が全くな

く、家に戻ろうという気持ちが乏しいのです。 立ち上がれないのかを訊くと、「この方

が楽、帰ってももう用事はできない。 私はこのまま死ぬんや」と、このことになると元

気がありません。

「窓際じゃなくてはいや!」と自己主張の強い90代のBさんは、子どもがなく姪を頼

って遠くから姪の近くのケァハウスに引っ越してきた積極的な人です。 人が好きで

ずっと誰かと話したい気持ちからナースコールを押し、看護師さんを困らせていま

す。 痴呆症だと聞きましたが、私の顔を1度話しただけで覚え、趣味の刺し子を「あ

んたにも上げる、早く帰って刺し子をしたい」とケァハウスに帰ることに意欲的です。

見舞いに来た家族とはよく話しているCさんは、家族の居ないほとんどの時間を目

を閉じたままで過ごしています。 

カーテンを開けるのが嫌いで、少しだけの隙間からいっしょに童謡を歌い、「童謡っ

て懐かしいね!」と笑っていた70代のDさんは、申し込んでいた個室の取り消しが

認められずに移って行きました。

自分の家庭環境を話しては涙を流していた60代のEさんは、治療の必要がなくな

ったのか別室に移されました。


どの人もみんな元気になって元の居場所に戻って幸せになって欲しいと願います。

それには何よりも生きる意欲が必要です。 生きる意欲はどこから湧き出すのか?

それは、どうも家族のありなしとは違うようです。 勿論それは大切な条件ではあり

ますが、それだけではなさそうです。

そのことは、家族のないBさんによって解ります。

生きがい? 自分が誰かの役に立つこと? Bさんであれば「刺し子」? 

それでは、何もできなくなれば生きる意欲はなくなるのでしょうか? それもあるでし

ょう。 Aさんの生きる意欲の乏しいのは、これが理由らしいですから。

ただ、Aさんの話から思い付くのは、「何もできない私であっても愛されている。私

は生きていていいんだ」という思い(これは赤ん坊のとき、その母親から与えられた

無条件の愛が源なのですが)こそが生きる意欲の基盤ではないかということです。

Aさんは長女ですが、生まれる前にただ1人だけの男の子が亡くなっていて、Aさん

の父親は農作業などの男手の必要な時「あの子が生きていてくれたら、、、」と嘆き、

Aさんはその言葉を耳にしたときのことをよく覚えています。 そして、「あの言葉は今

も忘れられない、胸がつぶれるようだった、、、」と80数年前の思いに涙を流します。

こんなことがあるのでしょうか? 80年以上前の「私なんか役に立たない」という自

己否定の気持ちが、現在の生きる意欲に影響を及ぼすとがいうことが?

でも、きっとあるのでしょう。


「なにもできなくていいよ、そのままのあなたを愛しているよ」という思いと言葉が、こ

こでも一番大切なことなんだと改めて思い知らされる気がしました。 


病院生活④身の回り   09 01 07(水)

入院   入院   入院   090103入院

救急車に乗るとき、いつもの仕事用のオレンジ色のバッグを持って乗りました。 あ

とから夫に洗面具と化粧品の入ったポーチとタオル2枚、下着複数を頼み、どれだ

け物を持ち込まなくて過ごせるか?と、パジャマはリースで。 この病院では、頼め

ば下着、靴下、タオルのリースまであります! もしこれを借りれば洗濯はいらない



私に与えられた空間はベッド1台分と食台付きの小さな戸棚。 隣のベッドとはカー

テンで仕切られているだけ。

私が生きていくにはこれだけあればいい?


入院生活③シンプルな空間  09 01 07(水)

入院   入院   入院

シンプルな空間

病院の廊下は、昼間は医療器具や、細々した器具を満載した看護師さんの引いて

歩く荷台や車椅子や雑多なものと行き交う人で溢れかえっています。 しかし、夜に

なると、どこかに収納場所があるのでしょう、全てがリセットされてすっきりと片付い

た空間に早変わり!

この清々しい空間は、明日へのスタンバイの姿と同時に、次になんでも置くことので

きる自由さを秘めています。


あぁ、いい気持ち! 私の心の中まで整理されていくような気持ちになりました!

私の心の中もこんな風にたえず整理し、広々とした空間を確保して、その時々に自

由に大切なことや、次にしなくてはいけないことや、したいことを考える場にできるよ

うにできるよう心がけたいと思いました。

いつも雑多なもので心を惑わされている私ですので、、、。


病院生活②    09 01 07(水)

090103入院   090103入院   090103入院

真っ白な時間

3日から6日の夜まで毎日24時間、抗菌製剤の点滴が続きました。

なにも出来ないこの時間をどうして過ごそうか?病室にはテレビがありましたし、本

を持ち込むことも出来ましたが、あえてなにもしない時間を選びました。

食事の支度も掃除も洗濯も買い物も身支度さえも要らない、真っ白でたっぷりの時

間!8:00には朝食が用意され、片付けられ、昼食も夕食も同じように。看護師さ

んは体温や血圧の確認、食事の量や排尿、排便の状態のチェック、オシメをしてい

る人には、優しい声を掛けながらの交換。と、スムーズに時間は流れていきます。

「腎盂炎」と病名がついて私も病人になり、2日間熱が下がらず、できることは考え

ることと眠ることだけ。そのうちに世間の喧騒とかけ離れた病室にも夜が訪れて。


こうして、申し訳ないほどの贅沢な時間を過ごしました!


病院生活①    09 01 07(水)

2日、孫たちとゲームをして遊んでいるうちに寒気がして寝込んでしまい、3日早朝入

院。7日、夕方退院しました。

計5日間の病院生活はこんな風でした。

090103入院         090103入院   090103入院

初めての救急車

2日の夜に夫に頭を冷やしてもらって下がっていた体温が、3日の明け方になって上

がり、悪寒の為に体中の震えが止まらなくなりました。 7時、夫が救急車を呼ぼうと

言ってくれても、寒くて寒くて歯の根が合わないほどガクガクと震え、着替えもままな

りません。もし夫がいなければ布団に縮こまっているだけでおそらく入院は出来なか

ったと思います。

7時半に救急車が到着し、しばらく受け入れ病院探しの後に以前に脳ドッグ検査を

受けたことのある東朋香芝病院に搬送されました。


救急車に乗ったのはこれが初めて!


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